蝉丸


蝉丸、前右足が上手く出てこず、前翅も上手く乾かず飛べない。不自由な奴だ。当たり前のように正常に羽化するものと思っていたらそうでもないらしい。きれいな羽をむしってしまいたくなる。そのままホルマリンにでも漬けたくなる。逃がしても飛べずに地面をゴロゴロと転がって逆さまのままもがいて蟻の餌にでもなるのだろうと思う。去年は迷いなく踏みつぶした。羽のない蝉がのたっているのを見る事が耐えられなかったからだ。けれども、蝉丸に関してはベランダの淵に置いた。恐らく落下するだろうと思う。恐らく落下するだろうけれど、もしかしたらしないかもしれない。けれども、落下する可能性の方が高い。
箱に猫と毒を入れる実験だかなんだか忘れたけれど、毒の瓶を倒さなければ猫は死なない。死なないけれど猫が動かないという可能性は限りなくゼロに近いので猫は恐らく死ぬ。とはいえ、箱を開けなければ猫は死んでいないのだ。死なない可能性がある限り、箱を開けなければ猫は死なない。
なんだかズルみたいだけれど蝉丸のその後を私は有耶無耶にした。そうしてさっさと眠った。